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「安心して生き生きと暮らせるまちづくりをめざして」

鳥取県智頭町長 寺谷 誠一郎 

 本町は、鳥取県の東南部、岡山県境に位置し、古くは山陰と山陽を結ぶ宿場町として、また杉の町として林業が栄えた歴史を持っております。しかしながら、近年、林業の衰退、少子・高齢化が急速に進行し、地域の活力が低下してきております。


←国登録の有形文化財「石谷家住宅

 そうした状況下、本町では、住民福祉の向上に向けて、「福祉」と「交流観光」を基軸とした、「安心して生き生きと暮らせるまちづくり」を推進しています。そのため、住民の暮らし安さにつながる就労、教育、社会活動などのサービスを充実させ、生活の幅や厚みのある福祉社会を目指して積極的に取り組んでおります。その具体策の一つとして、保健、・医療・福祉の中核的な施設を本年度から3年をかけて建設を計画しています。

 一方、本町には、地域の魅力と活力を増大し、持続力を備えるための小さな大戦略「日本1/0村おこし運動」、高齢者が安心して暮らせる思いやりの「ひまわりシステム」、大阪いずみ市民生協との交流に代表されるような、住民の自発的な活動が盛んになりつつあり、地域や集落固有の資源を再評価し活用する試みを展開しております。今日、これらの個性的な活動が発進力を持ち、それがさらに交流を喚起して観光へと展開させていきたいと考えております。

 過疎地域においては一般的に疎をマイナス要因と考えがちですが、現在の状況を適正な状態としてとらえ、住民自身が地域をマネジメントし、住民生活からみた課題等を整理し、目標とする将来像を達成するため行政と住民がお互いのパートナーシップをもって「安心して生き生きと暮らせるまちづくり」をめざしていきたいと考えております。

 先般の5月23日〜27日までの5日間、本町において国際過疎学会(Kasology国際学会)が開催されました。これは世界で、はじめての試みとして、日本、オーストリア、米国、カナダの4ヵ国から研究者と実務者が集まり本町で立ち上げを行い、過疎地域での先進的な取り組み等について本町の地域づくりを題材に議論を交わし、来年の開催国を決めて学会を閉会しました。

5月23日から27日にかけて開催された、国際過疎学会(Kasology)の様子

 

   

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「人と自然が調和し 文化の香り高い未来の道をひらく」

鳥取県用瀬町長 池本 茂晴 

 用瀬町は、鳥取県東南部に位置し、鳥取市から南へ約21q。総面積81.6km2のうち林野が91%を占める、人口4,400人の中山間地域。町の中心部を北流する千代川とその3つの支流(赤波川、佐治川、安蔵川)が流れる。8世紀頃から上方往来の要地として発達してきた地の利で、千代川沿いに国道53号、JR因美線が走っている。

おう穴
赤波川の川床花崗岩の岩盤に形成された窪みとその清流


 町には、江戸時代初期あたりから始まったと伝わる「ひな流し」という鳥取県無形民俗文化財にも指定されている行事が伝わる。この行事は、毎年旧暦3月3日に千代川の水辺で着物姿の稚女が男女一対の紙雛などを配したさん俵(流しびな)を祈りながら川に流す行事で、「もちがせのひな流し」として昭和43年頃から全国に知られるようになった。

 昭和63年度に「流しびなの館」を木造で建設し、ひな流し行事と雛祭りに関する展示室と文化的な催しを行うふれあいホールを持つ。平成3年度に南隣に観光物産センターを建設し、用瀬の観光・文化拠点となった。

ひな流し
流しびなの館
水辺で祈りながら流しびなを送る少女
流しびなの館、もちがせ観光の拠点


 平成2年度に過疎地域に指定されて以来、特に福祉施設、地域振興と生活環境の基盤整備に努めてきた。総合運動公園、下水道施設、集会所の整備、保育所の整備などが完了、平成15年度6月には、保健センター、デイサービスセンター、高齢者交流センターを一体的に整備し、保健福祉の拠点となっている。

 高速道路姫路鳥取線が本町を通過するため工事着手、千代川河川改修工事が昨年度から着手された。これまで生活関連施設の整備と福祉・教育の充実に取り組んできたが、時代の変化は高度情報化と地方分権の推進により一層速度を速めている。未来への道をひらく選択により、鳥取市と8町村の法定合併協議会に平成15年1月に加入し、本年10月1日の合併をめざしている。

 

   

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地域資源を生かした「自然回帰の村づくり」をめざして

島根県羽須美村長 三上 隆三 

  羽須美村は、島根県の中南部中国山地の山間地帯に位置する広島県との県境の村です。
 村の中央を東西に流れる出羽川が中国地方随一の大河で"中国太郎"の異名を持つ江の川に村の東で合流し、地域では激しい侵食による見事な自然景観を醸し出しており、江の川水系県立自然公園に指定されています。気温が下がり始める秋口からは江の川に霧が発生し、中国山地の紅葉と相俟って見事な雲海が出現します。また、出羽川沿いには県の天然記念物の指定を受けたゲンジボタルの発生地があり、現在でも6月のシーズンには涌き出るような幻想的な光のショーを眺めることができます。

雲海

西連寺山門

 古くは江の川水運の歴史もあり山陰山陽文化の接点として山陽側の風土の影響が色濃く、国の重要文化財に指定された絵馬「板ちゃくしょく絵著色神馬図」をはじめ、歴史的にも貴重な文化遺産が数多く残されています。

 古刹西蓮寺山門は、瓦葺総欅入母屋造りで金釘を一切使用せずに建築され、竜、獅子、鶴などの華麗な彫刻で飾られています。「じ次の日祭り」は賀茂神社の大祭で、祭礼当日に奉納される傘鉾は勇壮絢爛豪華で、今では極めて類例の少なくなった伝統行事といえ、日頃静かな山里にも参拝者の歓声が響き渡ります。また、羽須美村では古くから住民の積極的な参加により競技水泳とソフトテニスが盛んに行われ、多数の国体選手や大会役員を輩出するほか、県大会や国体予選を始めとして多くの競技会が羽須美村で開催される等、村技と言われるまでになっています。


←傘鉾

 昭和32年に2ヵ村合併により誕生した人口は、合併当時6,000人強であったものが平成12年には2,078人に減少しています。こうした傾向は、高度経済成長期の若年層の流出に加えて、昭和38年の豪雪、昭和47年や昭和58年の江の川水系を襲った大水害など度重なる災害により一層厳しいものになりました。

 人口の減少は村の高齢化も大きく進行させ、平成12年には48.3%と全国平均の一歩も二歩も先を行く高齢化率となっており、平成5年には高齢者生活福祉センター及び保健センターの整備を行い、平成9年に建設した文化プラザは生涯学習センターとして村民の学習意欲の向上に寄与しています。平成11年には特別養護老人ホームなどの施設整備を進める一方で、寝たきり老人をつくらないための生き甲斐対策などの各種事業の展開や、ボランティアの育成などソフト事業にも取り組んでいます。災害復旧に多額の費用と時間を要する中、各種基盤整備事業を実施する一方で都市との交流による村づくりにも積極的に取り組んでいます。

 地域の経済や環境を支えてきた農林業の厳しい状況、少子高齢化に伴う集落機能の低下、地方分権に伴う自治機能の強化や市町村合併への対応など、ますます厳しさを増す社会情勢のなかではありますが、行政と住民が知恵を出し合って地域資源を生かした『自然回帰の村』づくりをめざしています。

文化プラザ

 

   

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夢響きあう 元気の郷づくり

島根県邑南町長 石橋 良治 

 邑南町は、島根県中南部に位置し、南は広島県に接した中国山地の山々に囲まれた典型的な中山間地域で、広島県との境には中国地方最大の江の川が流れております。この地域は霧の海や断魚渓など山水画を思わせる景勝地が点在し、清流のあかしであるゲンジボタルやオオサンショウウオも生息し、自然の恵みを余すところなく満喫できる場所がたくさんあります。古来より食糧資源や砂鉄、木材等の産業資源に恵まれるとともに、陰陽(山陰、山陽)の攻防の要衝の地として、幾多の激しい争奪と支配が繰り返されてきました。江戸時代には、たたら製鉄が最大の産業として地域の生活基盤を支えてきました。その後、時は流れ明治、昭和の合併に続き平成16年10月1日には羽須美村、瑞穂町、石見町の3町村合併により邑南町が誕生しました。面積は419.2km2でその大部分は山林となっており、合併時の人口は13,455人で過疎高齢化が進んでおります。

羽須美地域の棚田
平成10年から棚田オーナー制度を行い、 収穫祭など交流を図る。


 本町は、米を中心に低農薬、有機栽培による野菜生産、葉タバコ、椎茸の栽培、畜産などの農業が営まれており、近年は観光農園を併設した果樹栽培も行われています。観光としては「道の駅瑞穂」を拠点に情報発信することで、毎年たくさんの観光客がハーブの香りを楽しめる「香木の森」や瑞穂ハイランドスキー場をはじめとする観光施設へ訪れていただいております。

 本町は、旧町村の特色を生かした「夢響きあう元気の郷づくり」を目指しており、新町建設計画にも町への夢を託した様々な施策が盛り込まれその実現に向け取り組みをしております。しかしながら一方で、国の三位一体改革に伴う地財ショックが地方公共団体を襲い、見直しを余儀なくされている現状があります。この危機を乗り越えるためには、徹底した歳出の削減と事務事業の見直しが不可欠ですが、ただ単に抑制するのでなく住民のみなさんの意見を聴きながら事業精査し、住民と行政が協働してまちづくりを行っていく必要があると思います。そのため合併後町内32箇所において座談会を重ねております。

産直市 瑞穂
道の駅瑞穂に併設された産直市。 新鮮な地元品が購入できると大好評。

 また、現在本町では小地域の自治を確立するため、自治会を基本とし「夢づくりプラン」と名づけ、女性、若者、子どもに至るまでみんなの意見が反映される地域づくりを目指しています。そこに住む人たちが主体的に議論することで課題に対する共通認識が生まれ、さらには住民と行政の役割分担が見えてくると思います。

 まちづくりについて住民と行政が一緒に考えるには、情報を共有すること、みんなが参加すること、あるいは人的支援など様々な決めごとが必要になります。現在本町では、その基本的な仕組みづくりのため「まちづくり基本条例」の制定を目指しております。公募した住民委員16名で検討を重ねていただき条例づくりに取り組んでおります。

 本町を取り巻く環境も急速に進む少子高齢化、過疎化の進行、地方分権の進展、行財政改革における地方交付税の削減など大変厳しい状況にありますが、未来の邑南町を担う子ども達のために「教育」や「子育て支援」を施策の柱の一つとし、住民総参加で誰もが暮らしやすい町を築きたいと考えております。

香木の森公園
280種類のハーブが四季を通じて 楽しめる。

 

   

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「自然・歴史・ひとが輝く だれもが住みよい県央の中核都市」を目指して

島根県大田市長 竹腰 創一 

 大田市は、島根県のほぼ中央に位置し、総面積は436.11km2で、北東から南西へ延びる海岸線は、46kmに及び、平坦部から山間部へと奥深い行政区域を有しています。
 これまでに、一度過疎地域を卒業したこともありましたが、再び過疎地域となり、その後、平成
17年10月に1市2町(旧大田市、旧温泉津町、旧仁摩町)が合併し、引き続き過疎地域として現在に至っています。

四季を通じて楽しめる「国立公園三瓶山」

 人口減少、高齢化、いわゆる限界集落の拡大など、構造的問題を抱えており、独白の歴史的資源等を活かしたまちづくりを進めることで、克服していこうと全市一丸となって取組んでいます。
 そうした取り組みの一環で、平成19年7月に、大田市の石見銀山遺跡が、世界遺産に登録となりました。
 国内では14件目、鉱山遺跡としては、アジアではじめての世界遺産であり、イコモスの「登録延期」勧告から一転して劇的に世界遺産に登録となったこともあり、全国的に大変な注目を集め観光客は飛躍的に増加しました。それに伴い、産業や、教育・文化的活動などが活発化し、地域活性化に向け、様々な可能性が広がっています。

一年計砂時計のある
「仁摩サンドミュージアム」
平成20年10月フルオープンした
「石見銀山世界遺産センター」

 受け入れ体制整備が急がれる中、昨年の秋には石見銀山遺跡の拠点施設となる世界遺産センターが完成しました。現在、町並みの修景事業や、遺跡の保存整備、遺跡に至る遊歩道、休憩所の整備、ガイドの養成、おもてなしの醸成など、官民一体で取り組んでいます。
 今後とも、50年後、100年後を見据えながら、石見銀山を活かしたまちづくりを着実に進めてまいる所存です。

焼き物の創作体験もできる
「やきものの里」
観光坑道として約270mが公開されている
「龍源寺間歩」

 市民と行政との協働によるまちづくりを基本に、世界遺産石見銀山遺跡をはじめ、魅力ある地域資源を最大限活用しながら、「白然・歴史・ひとが光輝く 誰もが住みよい 県央の中核都市」の実現に向け全力で取り組んでいきたいと思っています。
 その為にも、地域の実情に即した一層強力な過疎対策の充実が必要であると思っています。本年度は、真の地方分権へ向けての取り組みが本格化し、自治体の更なる自立の動きや、現行の過疎地域自立促進特別措置法の期限切れに伴う新たな取り組みも活発化するなど、今後の過疎地域の将来にとって重要な年度となります。この厳しい時代に立ち向かい、活力ある地域づくりに向け粉骨砕身努力していきたいと思っております。

 

   

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夢を育むまちづくり

岡山県吉備中央町長 重森 計己 

 吉備中央町は、平成16年10月1日に上房郡賀陽町と御津郡加茂川町が合併し誕生しました。岡山県のほぼ中央に位置し、面積268.73km2、人口14,085人で吉備高原台地の穏やかな気候と美しい自然に恵まれたまちです。

吉備高原都市

 この地域には、古く弥生時代から人が住んでいたといわれ、町内には国指定の重要文化財、民俗文化財とあわせて県・町指定の文化財が多くあります。また、岡山県三大祭のふたつ、加茂大祭と吉川八幡宮当番祭が地域の人々により受け継がれており、古き良き心のふるさとと呼べる風土が息づいています。

 また、我が町には、岡山県が整備を進めている福祉優先・人間尊重の「吉備高原都市」があります。都市内には少年自然の家、健常者と障害者が共に働く工場、総合リハビリテーションセンターなど保健・福祉・文化に関わる施設が整備されています。県財政のひっ迫により一時整備が中断しましたが、平成17年11月には県下の教員研修施設が平成19年4月の開設を目指して着工となりました。吉備高原都市は、加茂川町と賀陽町の合併の大きな要因であり、将来は吉備中央町の核となるものと考えています。

吉川八幡宮当番祭

 このように吉備中央町は、「ふるさと」と「都市」の良さが融合した新しいまちです。
 町を代表する産業は農業で、コシヒカリに代表される水稲を中心に、気候の特性を活かした高原野菜や果樹栽培が盛んで、白菜、ピオーネなどは町の特産物として有名です。近年は新たな特産物としてブルーベリーの栽培を始めました。

 農業立町を重点施策に位置づけ、循環型農業に取り組んでいます。畜産廃棄物をエコセンターで良質な堆肥に加工、水稲、野菜、果樹栽培農家等へ供給し、有機栽培による安全安心な作物栽培を推進しています。最近では有機栽培に取組むグループも誕生し循環型農業が定着しつつあります。

 生産された作物は、町内2カ所の道の駅に併設された野菜特産品即売所とあわせてJA青空市で販売し、県南からも多くの来場者があり売上高も年々増加しています。一方、米、ピオーネは京阪神市場及び九州市場で定着し好評を得ています。

 今後、農業立町を確固たるものとし継続していくためには、農業後継者の確保が大きな課題です。現在、農業後継者確保のために県、農業公社と連携し新規就農希望者の研修を実施しています。いままでに9人の研修生が2年間の農業研修を終了し、農業を中心とした生活基盤を確立しています。既存の農家の後継者との連携も生まれており若い後継者が育ちつつあります。

 農業振興は一朝一夕に解決し成果が現れるものではありません。今後も息の長い施策の継続が必要と感じています。

 本町をとりまく広域交通網は、岡山自動車道が町内を南北に縦断し、国道県道も概ね整備されています。町内に岡山自動車道賀陽ICを有し、県道経由で岡山空港まで約25qと非常に恵まれた環境にあります。この広域交通網の有利性を活かした企業誘致活動にも力を入れています。

 豊かな自然環境と人々の温かさに包まれた吉備中央町ですが、中山間地域の例に漏れず過疎化、少子高齢化の波が大きく打ち寄せています。あわせて、国の三位一体の改革による補助金廃止、地方交付税削減など将来に向けて明るい話題が少ない状況にあります。自己決定・自己責任がいわれ、地方の政策判断が地域の将来を大きく左右する時代でもあります。

 合併をしたとはいえ、まだまだ多くの課題が残るなか、岡山県の中央の町としてその名にふさわしい地の利を活かした産業振興、交流基盤の整備、福祉の増進等の充実を図り夢と希望を育むことができる町に向けて頑張っていきたいと考えています。

加茂大祭御神輿

 

   

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「そば打ち名人との出会い」

広島県豊平町長 前田 達郎 

 「翁」主人。高橋邦弘さんは、そば職人として、その道を極めた人として、そばの世界では有名である。若くして、東京南長崎で「翁」を開店。ほどなく山梨県長坂へ移転し、超人気店として繁盛した。

 ところで、私の町で、そばの里づくりをはじめたのは、15年前(昭和63年)。指導をお願いしたのがきっかけで、以来、今日まであたたかい助言をいただいている。
 そのことが一つの縁で、平成12年、町のはずれの長笹地区へ移住。「雪花山房」を開店いただくことになった。

平成4年9月13日 に長野県戸隠村で開催された日本初の”全国そばサミット”前田町長がパネラーとして出席 (左から3人目)

「雪花山房」

 本来、そばといえば古くして、信州や東京など東日本であり、どちらかといえば西日本は、かっての小麦主産地を背景に、食文化の面からは「うどんの文化圏」といわれている。兵庫の「播州そうめん」、香川の「さぬきうどん」などが著名である。

 そのこともあって、今さらなぜ西の広島へ、豊平へとは。東京を中心とする全国のそばファンから不思議物語としてよく聞かれたことばときいている。

 とにかく、現在、県内県外から多くの遠来のお客さんをお迎えしている。
 「営業日は不定期。基本的には土、日、祝日。休むこともあるので、電話でお問い合わせください。営業時間は11時から14時まで。営業品目はもりそば700円。」が、高橋さんの営業スタンスである。道を極めた名人のそばを求めて、それも山間の道をたずねて、はるばるとやって来られる。

高橋名人による都市の子供への
そば打ち体験指導

高校生のそば交流の模様

(平成14年9月に千代田高校豊平分校生徒が、北海道幌加内高校を訪問してそば交流が行われた。)

 銘品一品とは、こんなものなのだろうか。
 戦前までは、谷あいの狭いやせ地の畑地に自家用の秋そばを蒔き、石うすでひいて、集落の寄り合いの集いなど、温かいもてなしにそばがふるまわれていた。

 戦後は、いち早く、他の作物におされて町から消滅した作物の一つであるが、昨今の水田減反の転作作物として、また、町おこしに町をあげて取り組んできた。

 当時はバブルの全盛時代。テーマパークやリゾート施設が全国の町々で話題となっていた。そばのような田舎の素朴な、また一度、町から消えたものが、再び町おこしのテーマになるのか。といった、多少の厳しい意見もあった。ともかくそばの里として、おかげで今日では評価をいただくまでになってきた。

 秋のそばまつりなど、2万人余りの来場者で、また、都市住民のそばの体験道場は、年間を通じて盛況である。

 おかげで、わが町のそばの里づくりも、高橋名人との出会いで大きな力を得ることとなった。継続してやっていれば予期していない神のお助けがあるものだと、今つくづく思っている。

 過疎の町づくり一つのプロジェクトも、完成には長期戦略で、少なくとも10年はかかるというのが、私の持論である。ときには逆風もあって一朝一夕には決してできないものだと思っている。

広島県豊平町のホームページ

そばの収穫風景

平成12年11月に開催した
全国新そばまつりの模様(当時4万5千人が来場)

 

   

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「農漁村の使命感に燃えて」

山口県日置町長 江原  清 

 山口県の北西部に位置する、やや変わった呼称の「日置(へき)町」は、44.82平方q、4,700人の小さな町で、北長門海岸国定公園を擁し、温泉が湧き、海あり山あり、また整然と区画された水田が、四季折々の風情を醸し出す、私にとってかけがえのない安らぎの里です。

町の中央部を鳥瞰

 永年、減少の一途を辿った人口も、ここ7、8年落ち着きを取戻し、別けても保育園の定数増を余儀なくされている現状を大変嬉しく存じ、大きな力を得ているところです。この背景として天賦の自然環境に加え、下水道、道路等、生活・生産基盤の整備、小中学校校舎の全面改築、若者向け定住住宅の建築、人口定住奨励金の交付、等々の施策が一定の功を奏しているものと存じています。

 農・漁業を糧として尊い町の歴史を刻んできた本町は、早くから畜産、西瓜、苺等の産地化を進め、また、雲丹、アワビの養殖等、今日では何れも市場において高い評価を得るに至っており、水稲、近海漁と相俟って、食料供給地としての本町の使命を十二分に果たしているものと自負しています。また、近時、毎年のように意欲溢れる新規就農者が誕生し、農業経営に勤しむ傍、農作業受託組合にてヘリコプターを操る頼もしい姿を見ることができ、町としても物心両面の援助をもって、担い手の育成に努めているところです。

松の緑に囲まれた日置中学校校舎
57世帯が集う若者向け定住住宅

 風光明媚な本町において県内外に発信している一大イベントが、毎年8月の第1日曜日に開催している「マウンテンバイクレース」で、すでに9回を重ねてすっかり定着し、全国各地から集まった800名のチャレンジャーは色とりどりのスーツで身を包み、標高333mの千畳敷高原を舞台として、文字通り汗、汗の真夏のレースを繰り広げます。風力発電のプロペラを仰ぎ、眼下の日本海から吹き上げる心地よい風を受け、変化に富むコースのペダルを踏んだ参加者の皆さんは、一様に感嘆の声を上げています。まさにそこは「自然との共生」を基本理念としている本町の真骨頂が凝縮されていると言えるでしょう。

真夏の祭典「汗汗フェスタ・マウンテンバイクレース」

 しかしながら、昨今の構造改革の大きなうねりは、本町のような弱小自治体の存在を危くし、恒久的な財源不足にあえいでいる過疎地域の先細り感が募っています。こうした情況を直視しますとき、私は時代が提示している選択肢を誤らぬよう、この程、圏域1市3町の枠組みでもって設置された法定合併協議会での審議に最大の関心を払いつつ、これまで積み重ねてきた発展基盤を更に継承すべく、最善の努力を傾注してまいりたいと決意しておるところです。

町内唯一の漁港「黄波戸(きわど)漁港」
千畳敷公園の一角に聳える二基の風車

   

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"ゆとり、やすらぎ、にぎわい"あふれるまちづくり

山口県美祢市長長 小竹 伸夫 

 はじめに
 美祢市は、山口県西部のほぼ中央に位置しており、面積は228.25km2、人口は18,638人(平成12年国勢調査)で、緑豊かな山々に囲まれた盆地であります。

 本市が有する石炭、石灰岩、大理石といった恵まれた地下資源は、現在に至る地域に大きな影響を与えています。とりわけ、化石は全国屈指の宝庫であり、学術的にも、また観光資源としても貴重な財産であり、約500点を展示する化石館は来客も多く、独自の地域文化の創造によるまちづくりの一端を担っております。

厚狭川桜並木

 交流拠点づくり
 本市は、中世から近世においては、赤間関街道が通り、南流する厚狭川では年貢米が通船により運ばれるなど、交通の要所として発展してきました。
 現在も、山陰と山陽を結ぶJR美祢線や国道316号が市中央部を縦断し、国道435号が東西に横断する良好な交通条件にあります。また、2つのインターチェンジを有する中国自動車道が市域を横断し、県内の各都市へは、1時間程度での移動が可能であります。
 本市には、フォーミュラニッポン等が開催されますMINEサーキット、家族で利用できる山口ニュージーランド村等の観光スポットがあり、秋吉台をはじめ有数の観光地に囲まれ、市内への新たな観光客の呼び込みが課題であることから、平成10年4月に道の駅"おふく"を新しい観光拠点として山陽と山陰を結ぶ国道316号沿いにオープンさせ、県内外から多くの来客を迎え交流の場となっております。施設内には、ふるさとの味を楽しめるレストランがあり、自然素材にこだわった新鮮で安心できる「サラダほうれん草」、「みね豆腐」、「あつ栗」などの特産品を楽しめ、また、各種イベントも年間を通じ行われており、特に施設裏の菜の花、コスモス畑でのミニSL試乗会やバーベキュー会など、温泉施設とともに「花とお湯に出会えるやすらぎの駅」として、親しまれております。
 その他にも、市花である「桜」の開花にあわせ、市役所周辺の厚狭川河畔の桜並木を利用した"みね桜まつり"を開催するなど、市民の憩いの場を提供しております。現在、その桜並木に隣接する河川に親水公園の整備を進めており、だれもが憩える中心市街地の形成を目指しております。

万倉の大岩郷
道の駅「おふく」

 ゆとりと個性あるまちづくり
 若者定住の促進にむけ、自然を活かした良質で低廉な大規模住宅団地美祢ニュータウン「来福台」約1,000区画の宅地分譲を行っており、多くの方々の新たな生活の場となっております。
 また、平成13年以降、全国に先駈け矯正施設(刑務所)の誘致を積極的に行い、本市への設置が決定致しております。今回の矯正施設は、全国初のPFI手法による官民混合運営の新しい刑務所となることから、地域経済の活性化や地域雇用の創出といった、地域再生にも寄与する施設として期待しており、「国民に理解され、支えられる刑務所」の基本理念の下、矯正施設を中心とした新しいかたちの地域の活性化を期待しており、その実現に向け積極的に取組んでおります。

MINEサーキット
美弥ニュータウン「来福台」

 おわりに
 現在の地方を取り巻く環境は、少子高齢化、産業空洞化、そして地方交付税削減など、地方存立の危機的状況にあります。同時に、地方分権の進展により、地域独自の創造性・自主性を重んじた政策判断の重要性も高まっております。本市は、中山間地域の個性豊かな地方都市を目指し、市民が将来に夢をもてるまちづくりを進めたいと考えております。

   

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「個性ゆたかなうるおいのある地域づくり」を目指して

山口県美東町長 倉増 卓雄 

 美東町は、山口県のほぼ中央部に位置し、周囲を中国山地の山々に囲まれ農林業が主体の中山間地域で、面積は129.49km2、人口は6,114人です。

▲国定公園秋吉台
 広大なカルスト地形と草原は、四季とりどりの詩情豊かな変化をみせてくれます

 町域の北西部には日本最大のカルスト地形である国定公園秋吉台を有し、四季を通じて織りなす自然景観はすばらしく、来訪者に大自然の雄大さを満喫さしてくれます。さらに、山麓には天然記念物「大正洞」、「景清洞」と形の異なる2つの鍾乳洞が地下に広がり、この付近一帯を秋吉台リフレッシュパークと称し、温泉(人工)と郷土料理、グランドゴルフ、オートキャンプなど多目的に観光と憩いの場を展開しています。

 また、本町の歴史は古く、奈良時代には長登で奈良東大寺大仏鋳造の料銅を産出するなど銅の産地として栄え「奈良の大仏さまのふる里」を町のキャッチフレーズとしています。

▲道の駅「みとう」と大田川親水公園
 ビオトープのある親水公園は、ドライバーや来訪者の疲れをいやしてくれます
▲カキツバタ(町の花)
 二反田ため池湿地植物群落のカキツバタは、野生種として県内で最も大きな花を咲かせます

 本町は高度成長期以後、若年層を中心に人口の流出が続き過疎法が制定されて以来、町全域が過疎地域の指定を受けています。人口は、地域の活力にかかわるものであり、集落によってはその存在さえ懸念されるところが現出するようになりました。

 このため、過疎化が進行する中で、若者の人口定住促進を目指して、斬新な住宅・宅地対策としてふるさと志向型住宅団地や戸建感覚の賃貸住宅の建設などを各種団体との連携で推進を図ることによって人口の著しい流出と減少傾向には歯止めをかけることができました。次に、農地の荒廃防止と優良農地の確保のため、「ほ場整備事業」を町内全域で行うと共に、農産物販売のための「直売所みとう」を整備するなど活力に満ちた農業づくりの実現をめざしています。

 また、若者の雇用拡大と定住促進を図るため、企業誘致に積極的に取り組み、町南部の恵まれた立地条件を活かして、自動車関連製造業等数社や民間主導工業団地に8社が進出するなど産業振興に大きな役割を果たしています。特に、当地区は、本県の山陽と山陰を結ぶ地域高規格道路「小郡萩道路」のICとJCTが建設中で既設の中国自動車道と連結すれば、工業適地の候補地として大きな役割を果たすこととなります。

 さて、平成20年3月には、美称郡市の1市2町(美袮市・美東町・秋芳町)が合併して新たな美袮市が誕生します。しかし、合併後も少子高齢化など共通課題を持つ市町で、過疎法のなかで今後も様々な対策を進める必要がありますが、厳しい財政状況の中では市民と行政が協働してまちづくりをおこなうシステムづくりが必要です。

    ▲洞くつ探検(景清洞)
 3億年の歴史、神秘の世界をケービング。スヅリナ、サンゴなどの化石、洞内は自然の美術館です
▲洞くつ探検(景清洞)
 3億年の歴史、神秘の世界をケービング。スヅリナ、サンゴなどの化石、洞内は自然の美術館です。

 昨年、国史跡長登銅山跡で実施された国民文化祭・やまぐち2006「文化資源の活用」では、銅山保存会、小中学生や地域ボランティアの手で古代銅の製錬作業を再現した「製錬実験」が世界で初めて大成功を収めたことは、住民みづからのまちづくりの先駆であった思います。地域には、町づくりだけでなく、介護、医療、福祉や居住環境の整備など様々な課題がありますが、特に地域ボランティアなどの育成を柱としてまちづくりの仕掛を広げて行きたいと思います。


   


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