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「あったか人情で開かれた町づくり」

北海道利尻町長  田島 順逸 

 利尻町は、北海道の西北端稚内市より海上52km隔てた日本海上に浮かぶ利尻島の西南部に位置する人口3,400人あまりの町です。島の中央に1,721mの海の名山と讃えられている利尻山がそびえ、また、対岸に位置する礼文島及び本土のサロベツ原野とともに、昭和49年に「利尻礼文サロベツ国立公園」に指定されました。

 本町は古くから、国内でも有数の魚田と豊富な資源に恵まれ、漁業によって発展してきた「水産の町」です。様々な漁業資源から生まれた名産品の中でも、特にコンブば利尻昆布゙の名で全国的に知られており、苦みや濁りの出ない「利尻産リシリコンブ」は、京都・大阪など関西の高級料理にはなくてはならない出し昆布として多く利用されております。
利尻山と客船「飛鳥」を海場から望む

 また、利尻昆布をエサとして育つウニも、味、色、艶ともに絶品で、特にウニ丼はテレビ取材等で数多く取り上げられ、全国的にも知られるようになりました。

 近年、国内外の漁業を取りまく状況は、社会環境の変化や、漁業資源の減少などにより厳しい現況にあります。こうした中、本町では早くから「獲る漁業」から「つくり育てる漁業」への転換を図り、コンブ養殖事業の推進と雇用の場の確保、ウニ種苗の生産・育成をはじめ、河川がない地区でのサケのふ化放流事業やニシン稚魚の放流などを継続的に実施し、安定した漁業生産の促進を図っています。

天然コンブ漁の模様

 その一方で本町は、豊かな自然と最北への旅を求めて毎年さくさんの人々が訪れる「観光の町」でもあります。"日本百名山"を書かれた深田久弥氏は昭和35年に利尻山に登っており、「こんなみごとな海上の山は日本では利尻山だけである。」と書き記しており、利尻山は、登山愛好家にとって羨望の的とされ、本町にとってもかけがえのない重要な観光資源となっており、末永くこの雄大な自然を守り続けていかなければと思っております。

 平成11年度からは新千歳〜利尻間にジェット機が運航しており、道央との時間距離が大幅に短縮されたほか、「飛鳥」「ふじ丸」など周遊客船の寄港地としても定着しつつあり、今後新たな観光客の増加が期待されることから、利尻ならではの体験型観光の取り組みを進めてまいります。また、町ぐるみの「声かけ運動」を展開中であり、親切で人間味ある心温かい対応を通じて、町内外の交流を図り「いつかは、そしてもう一度行ってみたい利尻礼文」を今後とも目指したいと思います。

冬の利尻島
   

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文化を基本に
〜地域資源の利活用と地域ブランドの確立にむけて〜


北海道洞爺村長 佐藤 克之 

 洞爺村は、北海道中央部、支笏・洞爺国立公園の洞爺湖の北岸に位置し、対岸には洞爺湖温泉や平成12年に噴火した有珠山、そして昭和新山が眼前に迫り、北を見れば、羊蹄山やニセコ連峰が望まれます。

秋の洞爺湖
とうや湖 彫刻公園

 また、札幌市や千歳空港から約100qの距離に位置し、自然景観に特に優れたところであります。このことから、村内には約100棟の別荘が建設され、湖面等を活用したアウトドアスポーツも盛んであり、ここ数年は体験型の交流観光地として地域づくりを進めております。

 さて、私共の村は、良好な気象と肥沃な大地に恵まれた、畑作を中心とした比較的に経営規模が大きな農業を基幹産業とする村であり、既に平成13年度には、かん水施設の整備も完了し、一応の農業基盤は、整っていると自負しております。

 しかし、全国の農村地帯の特徴でもある、農業のみによる地域づくりは、グローバル化する現在の社会の仕組みの中では、一応の限界がみられます。

 このことから、これからのまちづくりは、いかに地域資源を掘り起こし、地域ブランドを確立するかなどの、特徴あるまちづくりが必要と考えております。

 洞爺村における施策の基本は、文化的要素を中心に置き、これに、隠れた、埋もれた、気付かない、様々な地域資源の再発見と利活用を図りながら、地域ブランドを確立し、そして、都市との交流を図る体験型のまちづくりを進めており、さらに基幹産業である農業との有機的結びつきを推進しているところであります。

 洞爺村では、10年以上も前から文化事業として2年に1度開催する国際彫刻ビエンナーレ展を実施し、前回(平成13年)の場合世界63カ国から900点あまりの応募を数えるほどになりました。また展覧会は村民による50人委員会を設け、多くの村民が関る運営で実施しております。(国際彫刻ビエンナーレ展は、平成11年、地域づくり部門で国土庁長官表彰を受賞しました。)

 私はこれからの交流によるまちづくりは、体験し、研修し、そして土に親しみ、心地よい汗をかき、これらに文化的な要素がかみ合って進めるべきと考えております。

 現在の時代は、多種多様な住民の要望や意識のもと、広い視点からの判断が必要でありますが、あれも、これもは困難な村の現状を考え、何か一つでも良いから、結果として形に表すことのできる、キラリと輝く、村づくりを進めたいと考えております。

   

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「航空宇宙による活性化」

北海道大樹町長  伏見 悦夫 

 北海道大樹町は、北海道の東部十勝平野の南に位置し、東は太平洋、西は日高山脈に接し、町の中央には日本一の清流歴舟川が流れる人口6,800人余りの農業(酪農)を中心に林業、漁業を基幹産業とした町です。

 ここ数年、恵まれた自然、広大な空間など優れた条件を売り物に、地域活性化の一環として、航空宇宙産業基地誘致に取組んできた。  町の太平洋沿岸は航空宇宙産業基地建設の可能性を持つ地域として、専門家の高い評価を得られたことから、昭和61年、北海道の戦略プロジェクト構想に取り上げられた。

 以来、町はもとより、北海道、十勝圏による長年にわたる積極的な活動の展開、また、講演会、シンポジュームなど様々な活動を通した中で、当町の適地性のアピールをしてきた。

 平成5年、基地誘致のために「多目的航空公園」の造成を手がけた。敷地47ha、延長1,000mの転圧滑走路と格納庫を建設、平成7年にオープンさせた。

滑走路

 以後、様々な実験が行われる中、平成9年には航空宇宙技術研究所との間に5年間の利用協定を結び、より多くの実験が行われることとなり、平成10年には、約4億円を投じ、延長1,000m、幅30mの本格的な滑走路の舗装工事を行った。

 滑走路の舗装化に伴い、安全性の向上、実験効率の増大などが向上し、翌年からは、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団など様々な実験を定期的に行うまでになり、実験に関わる交流人口が年々増加している。

 こうして、多目的航空公園は国内唯一の実験場としての評価を高める一方、ウルトラライトプレーンやスポーツカイト、ラジコン機などのスカイスポーツやレジャー空間として町内外の利用が高まっている。

 現在、文部科学省と総務省が研究開発をしている成層圏プラットフォーム構想の実験場の候補地としても名乗りを上げており、航空宇宙産業基地構想の実現に向けて大きな夢をいだきながら、宇宙が町の活性化につながることを期待している。

←宇宙開発事業団のフライングテストベッド(FTB)実験

   

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「住んでいて良かったと思える村を目指して」

北海道初山別村長 阿 部  稔 

 北海道北西部、南は増毛町から北は幌延町に至る南北に細長く伸びる留萌支庁管内のほぼ中央で、隣接する羽幌・遠別両町と西の日本海に囲まれるように位置し、総面積の4分の3が山林で占められ、季節風が吹き付ける冬の厳しさはあるものの、1年を通じておおむね過ごしやすい気候のもと、日本海に注ぐ河川流域を中心に形成された集落では農業と漁業が営まれている、人口1500人余りの小さな村。初山別村はそんな村ですが、平成元年にオープンした天文台とここをロケ地としたテレビドラマ「白線流し」、さらには本村の職員が考案した、夜空の名もない星に名前を付け所有する制度「My Stars system」の登録者が全国に広がっていることと相まって、「初山別村」という名前を一度は耳にしたことがあるという人は、おそらく少なくないのではないでしょうか。

アポロ月面着陸船をモチーフとした
「しょさんべつ天文台」
温泉宿泊施設「岬センター」

 初山別村の始まりは、松前藩によって現在の苫前郡にあたる地域に設定された「苫前場所」です。そして明治20年代以降、内地から多くの人が移住して開拓に従事し、本村の基礎が築き上げられます。明治33年には行政区域としての初山別村が成立、翌年の戸長役場設置を経て、明治42年の二級町村制施行により村名が「初山別村」となりました。また、移住してきた内地の人々は、自分たちの郷里の伝統文化も広めました。中でも、現在の有明地区に移住してきた富山県入善町の人たちによって伝えられた「獅子舞」は、100年以上を経た現在も「有明獅子舞」として有明地区住民が中心となった「初山別村郷土民芸保存会」によって守られ、次代を担う子どもたちへ受け継がれています。

金比羅神社
村の無形文化財「有明獅子舞」

  現在の初山別村は、他の多くの自治体と同様に厳しい行財政運営を強いられ、福祉や合併問題など課題も抱えています。景気回復の実感が持てないのもまた同様です。そんな中でも、基幹産業である農漁業とその生産品を利用した加工品の開発・製造・販売や、本村の観光拠点として温泉宿泊施設・キャンプ場など多くの施設を持つ「みさき台公園」と来年度開設となる「道の駅」への観光客の入り込み増に多くの期待を寄せているところであり、11月1日現在で2903日となって現在も更新を続けている交通事故死ゼロの記録とともに、全村民が安全で安心して暮らすことのできる、住んでいて良かったと思えるような村づくり、本村が持つ豊かな自然を活かした村づくりを、今後も続けていきたいと考えています。

   

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「森林(もり)と共に生きる」

北海道下川町長 安 斎  保 

 下川町は北海道北部に位置し、北見山地と天塩山地に囲まれた名寄盆地にある、人ロ約4千人、総面積644.20km2のうち約90%が森林に包まれた、農林業を基幹とした町です。

下川町有林
循環型森林経営の基盤となる町有林(4,470ha)。
全ての森林がFSC森林認証を取得している。
     ふるさとの元気
寒暖差の大きい気候性を活かした、高糖度の地元産完熟トマトを100%使用したトマトジュース


 総面積の大半が森林であることから、明治34年の開拓入植以来、雄大な白然とみどり豊かな森林 に恵まれ、森林資源が豊富であることから、伝統的に林業・林産業が盛んな地域であり、これまで 「森林(もり)」を中心とした、地域経済、社会全体の活性化を目指すまちづくりを進めてきました。その 取り組みは大別して「森林づくり」と「森林資源の活用」にあります。
 「森林づくり」については、本町では、昭和28年に国有林から1,221haの森林の払い下げを受け、それを契機に本格的な町有林経営を開始しました。
 本町の町有林経営の特徴は、毎年50haを造林し60年間保育した後、伐採・収穫し、また造林す るというサイクルを繰り返すことで、3,000haの人工林資源を継続的に循環することができる「循環型森林経営」を基本としています。これは、毎年等量の施行を繰り返すことによって、「持続可能な森林づくり」、「地域雇用の場の確保」、「地域への安定的な素材供給」を目的としたもので、現在では町有林面積を4,470haとし、循環型林業経営の基盤を確保しています。

            万里長城
全長2000m。体験型手作り観光資源として、城壁に築城参加者約12万5千人の氏名が刻まる。
          スキージャンプ
これまでオリンピックメダリストをはじめ、国内外で活躍する数多くの選手を輩出している。

 また、「森林づくり」をさらに発展させるため、「森林づくり条例」、「森林づくり寄付条例」の制定による社会全体への森林づくりに対する理念の共有・発信や国際的な第三者機関が森林の適正な管理を包括的に評価・認証する「FSC森林認証」を取得しています。
 「森林資源の活用」は、森林を木材生産の場としてだけではなく、森林から享受される恵みを最
大限に活用しようとするものであります。
 近年、地球温暖化が世界的な問題となっておりますが、本町では、森林資源の有効活用とCO2削減効果がある木質バイオマス導入を積極的に推進してきました。
 木質バイオマス資源は、広く薄く存在しており、経済的な問題もあって利用は制限されていることから、早生樹である「ヤナギ」を栽培し、安定的な資源の確保を目指しているところであります。
 昨年7月、本町が長きに渡り取り組んできた「森林づくり」と「森林資源の活用」が評価され、全国5都市とともに「環境モデル都市」に認定されました。
 本町はこの認定を受け、これまでの「森林づくり」を基盤として、主体的に二酸化炭素の排出削減を進める一つの手法である「カーボンオフセット」の推進、森林バイオマスエネルギーによる地域熱供給システムの導入、公共施設への森林バイオマスボイラーの導入等の先進的な取り組みを計画しており、地球環境を守るため、森林バイオマスの総合的な利活用と地域住民・都市・企業との協働・連携を促進し、「次世代型「北の森林共生低炭素モデル社会」」の創造を目指し、地球温暖化対策と地域産業の振興、快適な生活環境づくりを結びつけ、新たな産業の創造と地城活性化に取り組んで行きたいと考えています。

     アイスキャンドルミュージアム
アイスキャンドル発祥の地「しもかわ」の町全体が、琥珀色に輝くキャンドルの光に包まれる
             手延べ麺
日本最北の手延べ麺。コシの強い食感とつるつる
としたのど越しが魅力の逸品


   

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