←HOME
  ←Back


↑INDEX

   

「文化が薫る活力とやすらぎのまち 飛騨市」
〜個性を発揮する感性豊かなまちづくり〜


岐阜県飛騨市長  船坂 勝美 

 飛騨市は、岐阜県の最北端に位置し、人口28,901人、面積792.31km2でその約92%を森林が占め、周囲を北アルプスや飛騨山脈の山々に囲まれた中山間地域であり、2004年2月1日に旧古川町、旧河合村、旧宮川村及び旧神岡町の2町2村が合併し誕生しました。

 「文化が薫る活力とやすらぎのまち飛騨市〜個性を発揮する感性豊かなまちづくり〜」の創造を掲げ、自主自立のまちを実現するため市民参加、市民主役による、常識や前例にとらわれない、大胆・細心かつ挑戦的な施策を展開しています。

 本市は、新しい観光を創出すべく「市内まるごと体験学習塾」を掲げ、豊かな自然や伝統文化など地域資源を様々に組み合わせた体験学習メニュー「飛騨市体験学習 曼陀羅」を作成し、誘客宣伝を積極的に展開しています。

 体験学習の一つに市民有志による「夢のたまご塾 飛騨アカデミー」があります。毎年高校生を対象に全国公募するセミナーであり、様々な分野における一流の講師陣を迎え、青少年が持つ「夢のたまご」を育み、未来に抱く様々な自己実現の機会を提供しています。

 また、「ジオスペースアドベンチャー」は、市内の「神岡鉱山」内に設置されノーベル賞受賞研究施設として世界に誇る"スーパーカミオカンデ"をはじめ、構内施設を見学できるめったにない機会となっています。


ジオスペースアドベンチャーの坑内見学

 近年、都市部では「田舎暮らし」の需要が増加しており、本市では、人口の増加及び定住を促進し、農村機能の維持や都市との交流により地域の活性化を図るため「田舎暮らし斡旋支援公社」を設立し、田舎暮らしを希望される方に対し、空き家の斡旋・仲介や就農相談、就職支援などを行う仕組みをつくりました。また、実際の田舎暮らしを体験していただく施設として古民家を改装したモデル住宅を貸し出しています。

 本市では、少子化と過疎化による人口減少を最大の危機と捉え、「子育て環境日本一」を目指し、様々な施策を展開しています。その一つが「縁結び功労金」支給制度です。本制度は、未婚の男女を引き合わせ、婚姻の仲立ちをした者に対し功労金を支給する制度です。

「子育て環境日本一」を目指して(イメージ)

 以前は、地域や職場等でごく自然に若い男女の出会いの世話をする風土がありましたが、結婚に対する価値観の多様化や地域等でのつながりの衰退などにより晩婚化や非婚化が進行しています。本制度は、男女間の縁結び功労者の増加のみならず、世代間交流の促進といった効果が期待できます。

 今年度は、合併から3年目を迎えますが、新しい時代への対応はもとより、「住んでよかった」「住んでみたい」まち、飛騨市の実現に向け邁進していきます。


飛騨市田舎暮らし斡旋支援公社(イメージ)

   

↑INDEX

   

「雪と環境立村にこだわった村づくり」

岐阜県河合村長  松井 靖典 

 岐阜県・河合村は白銀から生まれる豊富な湧き水と、あふれんばかりの緑に包まれた人口約1,400人の山村です。飛騨の小京都・高山市からは北へ約30q、ユネスコ世界遺産の合掌集落を有する白川村とは、天生峠を挟んでお隣同士になります。

 平成10年1月、21世紀への指針として「環境立村」を宣言しました。村では、培われてきた智恵や風習を現代生活にうまく取り入れ、「山村地域ならでは」の暮らしやすい地域づくりを進めようと努力しています。

 河合村は有数の豪雪地で、国の特別豪雪地帯に名を連ねています。昭和56年の「五六豪雪」では人的、物的に大きな被害を受け、集落が集団離村するなど、村民の暮らしにも大きな影を落としました。これまで、「雪」に対する様々な施策を講じてきました。

 村の伝統工芸品・山中和紙は、800年の歴史があるといわれています。和紙の原料となるコウゾを雪中にさらして漂白する「コウゾの雪さらし」は、雪と共生してきた先人の知恵と技の結晶です。昭和30年代までは山中和紙の生産も盛んで、「雪さらし」も日常の風景でした。山から伐採した木材、木炭も雪上を利用して運ぶなど、雪を活用して「雪と生活との調和」を図っていました。

 高度経済成長期に、社会構造、生活様式が大きく変化すると、綿々と築いてきた生活文化の良さが見失われていきました。「雪さえなければ…」という被害者意識が村民の間で増幅され、「雪のない所で生活したい」との欲求が過疎化の波に拍車を掛けました。

 村では、「愚痴ってみても雪は降る」と開き直り、邪魔者との認識が強い雪を逆手に取って、「雪は天からの贈り物」ととらえ直し、利雪、親雪事業を積極的に展開していくように発想を切り換えました。村内には貯雪施設を設け、十数年前から都市との交流イベントや新たな産業おこしに活用するなどして、雪の新たな面に目を向ける努力を続けています。真夏の首都に大量の雪を持ち込む「かわいむらんど麻布十番納涼雪まつり」(東京・麻布十番商店街)は10年も続いています。

雪さらし
飛騨かわいスキー場

 村内での利雪産業の雄は「飛騨かわいスキー場」です。30ha以上のゲレンデに、5つのリフトを完備。遠く中京圏からもスキーヤー、ボーダーが訪れています。

 雪抜きで語れない河合村では、雪が輝けば、村も輝きます。雪の恵み、魅力を理解していけば、住民に郷土への誇りが生まれ、「環境立村」が実のあるものになっていきます。今世紀の輝ける地域になることができるように、雪とともに生き続けます。

   

↑INDEX

   

「人と自然 人と人 ともに生きる町 をめざして」

愛知県旭町長 塚田 武士 

 旭町は、名古屋市から車で1時間半、愛知県の中央北部に位置し岐阜県と接する面積82q2、その8割を山林が占める山間の町です。町の中央部を一級河川矢作川が北東から南西に向かっていくつもの支流を集め深く変化に富んだ渓谷を刻み、蛇行しながら流下しており、その一帯は愛知高原国定公園に指定されています。

 平成8年3月には、昭和15年以来続く小学校の学有林での育林活動や河川の景観整備、水の浄化活動などによる水環境保全活動が認められ、愛知県では唯一、当時の国土庁から全国水の郷百選の認定を受けました。

 町内には四季折々の自然があふれる旭高原元気村、アジア初のカヌー競技のワールドカップが開催された国内最高のコースを持っ矢作川カヌー競技場、渓流での鮎釣り、歴史ある笹戸温泉、2つのゴルフ場などがあり、都市部から近く手軽にアウトドアが楽しめるレジャー、スポーツの町として人気が高まり、都市との交流も盛んになっています。

矢作ダムでのカヌー教室
6月から9月にかけて申込み制で開催
矢作川での花火大会


 しかし、かっては矢作川を中心に発展し、昭和30年に8,324人を数えた人口も、矢作ダム建設に伴う集団移転、農林業の衰退など時代の変遷により平成15年には3,606人に減少し過疎化、少子高齢化が進んでいます。

 このような状況の中、町では、住民自らが地域の良さを認め、協力しあうことで将来にわたり地域が自立できるよう、「地域が自ら考え、実践する」ことをテーマに平成14年度から「旭町わがまちづくり支援事業」に着手しました。町内には6つの地区コミュニティがあり、それぞれのコミュニティ単位に特徴を生かした個性ある活動が展開されています。地区で一斉に風鈴をつるす「夢かけ風鈴」、梅林と特産物による「梅まつり」、広葉樹の植栽による「景観づくり」など地域が一体となったまちづくりが始まっています。

県内唯一の本格的なそりすべり場(旭高原元気村)旭高原では夏はキャンプ、冬はそりすべりと一年中楽しめる
「鈴かけ風鈴」では小渡地区の各世帯で軒先に風鈴が飾られ、仏閣では風鈴を奉納し、願掛けができる


 一方、引き続く人口減少・高齢化や農林業の低迷などにより地域の発展を支えてきた自然環境や人々の暮らしは大きく変化し、行財政の将来もますます厳しさを増している現在、圏域の一体的な生活圏の形成を図るため圏域市町村で、法定合併協議会を設置し、市町村合併に向け具体的な調整を進めています 。

旭町わがまちづくり支援事業により商店街に賑わいが戻りつつある

 

   

↑INDEX

   

「すみれの里はるの」

静岡県春野町長 伊藤 晋一郎 

 当町は、ふじの国静岡県の西部、東海道線浜松駅からおよそ40qに位置しております。町の面積、約250q2のうち、森林原野率が約90%を占める典型的な山村です。昭和32年に町が誕生し、今年で44歳、来年は、いよいよ45年の節目の年となります。合併当時の人口に比べ、現在、約6,600人と半分以下となり、人口流失対策に頭を悩ませております。

多くの来場者で賑わう恒例の
「はるのすみれ展」

「花のみち」のすみれ花壇前に、
宝塚市・春野町の交流の証として
「サクラ」を植栽する春野町の中学生達

 このような中で町では、各種のまちづくりを展開しておりますが、その中の『すみれの里づくり』を紹介させていただきます。

 なぜ『すみれ』なのか? と申しますと、当町出身で、レビューの王様と呼ばれておりました宝塚歌劇団演出家で春野町名誉町民であります白井鐡造先生に因んだもので、白井先生の代表作『パリゼット』の中で唄われました名曲「すみれの花咲く頃」の「すみれ」をまちづくりに活かしたものであります。

 まず、昭和57年に、先生ゆかりの中学校の校庭に「すみれの花咲く頃」の歌碑を建立いたしました。白井先生がお亡くなりになった後、昭和61年には、先生の遺徳を顕彰するために白井鐡造記念館を建設いたしました。記念館には、宝塚関係者をはじめ、多くの皆さんが見学に訪れています。

 毎年、すみれの花が咲く4月になりますと、町民で組織している「すみれ草花愛好会」が丹精を込めて栽培しました様々な種類の「すみれ」を展示即売する「はるのすみれ展」が開催され、多くの愛好家が来場し賑わいます。

 また、当町で栽培されたすみれを「春の使者」として中学生が、歌劇団に届けに行く「すみれ寄贈事業」も恒例となっております。

 その他、香水やハンカチなどのすみれグッズの開発・販売にも商工会とともに取り組んでおり、さらに宝塚歌劇団の春野公演も過去に数回、実施してまいりました。

 また、宝塚市との「すみれ」を通じた交流も始まりました。本年度は宝塚大劇場へ繋がる「花の道」へ中学生とともに「すみれ」を贈呈させていただきました。贈呈の折には宝塚市長さんをはじめ、市民の皆さんの大歓迎を受けました。このように「すみれ」をキーワードに様々な形でまちづくりに取り組んでおり、今後も「すみれの里」を町民とともに全国へ情報発信していきたいと思っています。

宝塚歌劇団の演出家でレビュー王とも呼ばれた
白井鐵造氏の業績を伝える
「白井鐵造記念館」

 

   

↑INDEX

   

「過疎地域からの情報発信」

三重県大内山村長 小倉 文也 

 明治9年9月、旧5村が合併して「大内山村」が誕生しました。木材資源の豊かさから長年にわたる林業と木材加工業の伝統が村を支え繁栄してきたため、「昭和の大合併」のおりにも合併せず125年が続いている村です。

 大内山村は、三重県の中南勢部に位置し奥伊勢地域と呼ばれ、周辺を大台山系に属する海抜500m〜1,000m級の山々に囲まれ、総面積64,73平方kmのうち山林が93.8%を占めており、耕地及び集落は宮川の支流大内山川の流域に沿って点在する中山間地域です。

 交通は、南北に国道42号線及びJR紀勢本線が縦貫しており、今後近畿自動車道紀勢線の開通により、名古屋、京阪神間との交通アクセスの利便性が図られ、生活、産業、観光道路として重視されようとしております。

 人口は、年々減少し平成12年国勢調査では1,604人となっており、高齢者率も31.8%と高く、過疎化が著しく進んでいます。

大内山村酪農農業組合の全景

 本村の主たる産業は農林業ですが、近年の農林業低迷、担い手不足等深刻な状況になってきております。その中でも酪農業は早くより盛んで、昭和23年に大内山酪農農業協同組合が設立され、生産・処理・販売の一貫体制を確立しております。学校給食牛乳の受託等、牛乳を一筋に三重県下に販売を展開し、「安全・安心」な牛乳として広く知られるようになり、昭和47年には「朝日農業賞」を受賞しております。

販売されている乳製品

 その後、昭和55年から生協との産直事業に取り組み、組合の地区拡大を図り、現在では、生産量の7割が大阪府・奈良県・和歌山県において生協牛乳として販売され、乳製品の開発においても幅広く消費者に対応しております。

 以上のことから、本村は「牛乳の村」というイメージが強く浸透しており、平成5年には、村の活性化対策として過疎地域滞在型モデル事業の採択を受け、「牛乳風呂」のある宿泊施設「グリーンパーク大内山」を建設しました。この施設は、老若男女を問わず誰にでも楽しみと満足をと、平成7年4月にオープンしました。地元で生産された牛乳を使った料理、また生乳がたっぷり入った「牛乳露天風呂」が最大の魅力です。美容と健康によいとされてきた牛乳風呂を最高の条件で入浴できるよう研究を重ね、早朝、牧場で搾りたての生乳を入れた湯船に浸かり、のんびりゆったりとした、やすらかなひとときを味わえることができます。

宿泊施設
「グリーンパーク大内山」
「グリーンパーク大内山」の
牛乳露天風呂

 この奥伊勢地域は、伊勢神宮で知られる伊勢志摩国立公園や熊野三山で知られる吉野熊野国立公園にも近く、「海と山」の自然の宝庫であります。この自然の宝庫を活かし本施設では、「遊ぶ・学ぶ・食べる」をテーマに自然とふれあい、知識を深めるための「収穫体験研修プラン」を新しい事業として取り入れ、これまでの観光型から体験型へ集客方法を転換し、尚一層の活性化を図ろうと努力しております。

 小さな村ではありますが、市町村合併を踏まえ合併後の本地域がいつまでも活力があり、絶えず情報発信を続ける地域づくりをしていきたいとおもいます。

   

↑INDEX

   

「自然と人々が幸せに暮らす町」をめざして

三重県大台町長 尾上 武義 

 平成18年1月10日大台町と宮川村が合併し、人口11,198人面積362.29km2の新大台町が誕生しました。

 三重県中南西部に位置し、台高山地、大台ケ原を源とする、県下最大の一級河川宮川が伊勢湾に注ぎ、47の集落が点在する農山村です。

 町全域が吉野熊野国立公園と奥伊勢宮川峡県立自然公園に抱合され、中でも清流宮川は国土交通省による全国一級河川の水質調査で過去4度も日本一に輝いた、私たち自慢の川であり、鮎の美味、ホタルの鑑賞など町民は心のよりどころにし、くつろぎの世界と捉えています。

「奥伊勢フォレストピア」都市との交流拠点施設

 本町は、農林業を基幹産業とし、豊かな自然環境を生かした交流事業と若者の定住対策をはじめ環境保全の活動などを通じ、全町民の参画と協働による町づくりを進めています。農林業では、宮川が発する霧が上品質の大台茶を生み出し、農家の努力も実って平成13年には3回目の全国茶品評会煎茶の部「産地賞」を受賞するなど、トップブランド「伊勢茶」として内外の評価を高めています。

 また、平成3年度には清流宮川が水質調査全国1位になったことに伴い、水の製造販売をめざし、当時の40歳未満の若者27名が結束し、ナチュラルウォーター「森の番人」を開発し現在13名の雇用を生み出し、年間2200klの製造を展開中です。

 平成5年には林業従事者の高齢化、担い手不足を解消していくため、第三セクター潟tォレストファイターズを設立し、U・Iターン者8名の雇用も含め15名で森林保全のための施業がされています。

「(株)エム・エス・ピー」住宅構造材のプレカット工場
「道の駅奥伊勢おおだい」地域の特産品販売の拠点施設

 さらに、地元産木材の有効活用を図るため、県内大手の住宅供給メーカーと提携して、住宅構造材のプレカットを行う(株)エム・エス・ピーを設立し、国産材の需要供給を高める活動を展開し、平成18年度には547棟、約7,000m3を加工するにあたり、業績は年々拡大するとともに、社員27名を雇用する状況です。

 平成9年には、都市との交流拠点施設として、奥伊勢フォレストピアを整備し、本格的な交流事業の展開を図っています。

 平成11年度には国道42号線沿いに道の駅「奥伊勢おおだい」を整備し、県内でも有数の集客力をもち、地産地消の推進や新たな商品開発を積極的に展開しているところであります。

   


↑INDEX
←HOME
  ←Back

© 2000-2012 全国過疎地域自立促進連盟 All rights reserved